お前にとっては終わったことかもしれないけれど

 

 実家に帰ると精神状態が最悪になるのは毎度のことだ。それでもわたしは、元気な顔を見せに帰って、親の作ったごはんをおいしそうに食べることが親孝行だと思っているので、お盆休みということで今回も懲りずに帰省した。

 

 母はほとんど無害だった。わたしは最近また恋愛で大失敗をしてしまったのだけれど、「あんたは大丈夫や」と励ましてくれた。わたしのことをほとんど理解していないからこそ投げられる無関心なことばも、時には救いになる。

 人生がうまくいかないことはわたしが一番しんどいし、責めるでもなく干渉するでもない無関心な母の態度は、今のわたしにはとてもありがたいものだった。

 

 

 今回、厄介だったのは父のほうだった。わたしがまた恋愛で失敗したことを責めた。

 失敗したことを話すと(なるべく言いたくはなかったが、話さざるを得ない流れだった)、父は「だから言うたやろ」「お前はいつも親の忠告を無視する」と言った。

 独りよがりで誰にも相談せずに物事を事後報告で進めて破滅するわたしを許せないようだった。

 

 そもそも、わたしの心は親に閉じている。独りよがりも何も、はじめから期待も信用もしていないのだ。それは幼少期の頃からずっとそうだ。いちばん助けてほしいときに助けてくれなかった人を、どうして頼ることができようか。

 どうせ助けを求めたところで、そんなことになったお前が悪いと否定されるだけなのだ。否定されるのをわかっていて助けを求めるはずがない。それならば干渉されないように一人でやる。

 どうにも立ち行かなくなったところで、困るのはわたしだ。親には関係ない。

 

 父親が心配しているのはわかる。愛する娘が自ら破滅まっしぐらに進んでいくのを見ているのはつらいと思う。しかもわたしはそれを何度もやっている。

 だけどわたしはこうやってしか生きられないのだ。今、生きている実感を得るために必死で、後先のことなど考える暇もない。慎重に生きたところで幸せになれる保証もないのだから、衝動で生きることをいつも選んでいる。

 エリート街道を慎重に生きることを強いてきた母を裏切って初めて、わたしは自分の人生を取り返したのだ。親の言うとおりに生きることによって発生する不具合を教えたのは、誰でもない親だ。

 他責思考でしかないけれど、今のどうしようもないわたしを作り上げた要素に、かつての親の仕打ちがあることは否めない。

 

 

 父親は、かつてのわたしを救わなかったこと、そしてわたしが精神を病んだことをとても悔やんでいる。俺が死ぬまで背負う罪だと言っていた。

 だからこそ正しさに導きたいのだろうし、どう考えても幸せにはなれないルートばかりを選ぶわたしを見て苛立つのだろう。

 

 父親は、「いつまで後先のことを考えへん子供みたいな生き方してるねん」と説教した。「子供時代に子供らしく生きることを許さなかった人間がそれを言うな」と返すと、「いつまでそんなこと言うてるねん」と叱られた。

 これが本当につらかった。

 わたしを救わなかったことを懺悔している父親からすれば、わたしの苦しみは過去のものなのだろう。けれど、わたしにとってはまったく過去のことではない。すべては地続きだ。今でも苦しい。アダルトチルドレン愛着障害境界性人格障害。どれひとつとして解決していない(かなりマシにはなってきているが)。これらは正直、躁鬱やADHDよりもずっとしんどい。

 

 父親は元から共感性に欠ける人で、相手の立場になって考えることが苦手だ。人と人は究極的なところでは分かり合えないと思っていて、それ自体はべつに間違ってはいないのだけれど、それがエスカレートしてわかろうとしなくてもいいと思っているように感じる。

 そして、親である立場を利用したポジショントーク気味な人でもある。他愛もない会話よりも、説教の方がやや多い。

 共感性の欠けたポジショントークほど精神衛生に悪いものはない。権威的な正論。正論がいつでも正しいとは限らない。正しくない選択に起因する感情に寄り添って、その感情の根源を紐解くことに協力することが必要なときもある。

 

 

 わたしは、しばらくは上記の発言を許せないだろう。

 さんざん無視してきたわたしの絶えない苦しみを、「そんなこと」で片付ける人間が、わたしを救えるはずがないのだ。お前にとっては終わったことかもしれないけれど、わたしは今でも後遺症が苦しくて、うまく生きられなくて、死にたくて、それでも死ぬわけにはいかなくて、なんとか生きている。

 それをちっとも想像しようとしたこともないくせに、「お前には幸せになってほしいんや」などと説教されたって、無責任すぎてうんざりするだけだ。

 父親がわたしのことに必死になればなるほど、わたしの心には悪影響で、わたしはますます心を閉じる。

 

 

 暴力的な母のヤバさに隠れていたけれど、父もかなりヤバい人なのかもしれないと気づいた。そもそも虐待を見て見ぬふりをしてきた人に、まともさを期待するほうが間違っているのかもしれない。

 だけど父がわたしをちょっとでも楽にしようと尽力してくれているのも知っている。父はわたしの大好きなバンド・Galileo Galileiのファンクラブに入っていて、大阪のライブには必ずいい整理番号で連れて行ってくれる。1~2ヶ月に一度、地方都市までドライブで連れて行ってくれて、喫茶店や古着屋の新規開拓に協力してくれる。

 

 愛されていないわけではない。ただ愛の表明の仕方がわからないだけだ。だから疎遠になれない。疎遠にすることは、今わたしに向けてくれている愛を無碍にすることに他ならない。

 だけど、そうやって不器用な愛を表明してくれるたびに、今更遅いよ、と思ってしまうのも事実だ。トラウマも、異常をきたした精神も、今になってやさしくされたところで元には戻らない。

 こんなに今と過去がちぐはぐならば、むしろずっとおかしくあってくれたほうが、親を責めることで苦しみの置き場ができて楽なのに、と思う。

 

 

 親との距離感は本当に難しい。ある程度は定まったと思っていたけれど、そうでもなかったようだ。

 離れるのも苦しい、近寄るのも苦しい、宙ぶらりんでいるのも苦しい。何を選んでも苦しい。

 早く助かりたい。