いっそどちらかに振り切れたらいいのに

 

 ここ1週間ほど、躁鬱の調子が悪い。

 何もないのに急に泣いたり、怒りっぽくなったりしている。

 6月に週5~6で終電帰りをするほどに動きまわっていたことのツケがついにやってきたのかもしれない。週5~6で終電帰りといっても、遊びにいっていただけではなくて、そのうちの週2~3ははたらくためにそうなっていた。

 

 手取りが12万円台というワーキングプア(13万円台だと思っていたがそのうちの1万円は交通費だったので実質12万円台だった)で、昼も夜もはたらかないと生活がままならないのに、昼も夜もはたらいていると調子が悪くなる。

 どうして自分の暮らしすらもままならないのに、どこの誰かもわからない赤の他人のために、高額な年金を納めなければならないのだろうか。

 

 障害年金の申請は落ちた。「はたらいている」ではなく「はたらけているだけ」ということは、公的機関には伝わらないのだろう。

 障害年金を受けている人は、それ相応のくるしみがあるから受けているのだとわかっていても、「かわいそうだから救済措置を与えよう」と国に認定される人たちを許せない気持ちがどうしてもある。ほんとうにごめんなさい。

 

 ツイッターの苦手なタイプのアカウントが、障害年金の申請を受理されたことをよろこんでいるところを観測して、どうしてもゆるせなかった。他人のくるしみを断罪する権利は誰にもないし、本人には耐えがたいくるしみがあるとはわかっていても、何らかのコンテンツや他人を救いだと思えるような人生で、国家にまで救ってもらえるだなんて、なんて恵まれた人生なのだろうと思ってしまった。

 

 社会のせいで生活がどうにも立ち行かなくなっているのに、たまたま「はたらけているだけ」で救済措置すらも与えられず、このまま見殺しにされていくのだろうか。

 そもそも精神疾患だって貧困だって、自ら望んでこうなったわけではない。家庭環境に起因するとしか思えない精神疾患で、進路がめちゃくちゃになり履歴書もブランクだらけで、ろくな職業にも就けず、こんなことになっている。

 被害者意識をぶくぶく肥やしていても、人生は好転しないのでどうにもならないとはわかっていても、どうしたって自分にだけ責任があるとは思えない、

 

 

 それなりに聴いているバンドのリーダーが、大麻所持罪で逮捕された。特に驚くことはなかった。

 彼は鬱病を公言しており(素人判断はよくないけど行動パターンを見るかぎりおそらくわたしと同じ双極性障害だと思う)、精神疾患と違法薬物の関係は密接なので、まあそりゃあそうだろうと思った。

 彼はこれから罪をおかしたことを償っていく。そして、その先では薬物依存治療のカウンセリングがほどこされるのだろう。

 結局、彼にも福祉的な救済措置がもたらされるのだ。

 

 国家による「かわいそうな人」という認定も受けられず、かといって犯罪者としての救済も与えられず、どちらにもならずに生きて救いの手が差し伸べられない人生が、ほんとうに悲しい。

 いっそどちらかに振り切れたらいいのにと思う。どちらかに振り切ってしまえば楽になれるのだろうな。

 

 自殺するつもりはまったくないので、どうせこれからもくるしみながらギリギリ生きていくのだろうけど、そうして耐えた先に何があるのだろうか。

 おのれの身にふりかかるすべてが理不尽だ。そして、いつまでもこんなことを言っている自分もダサくて、自分の在り方にしんどくなっている。

 

 どうにも生きていけそうにない。今月は支出が収入を上回っていて、貯金もほとんどないので、どう考えても行き詰まっている。

 きっとわたしはこのまま助けられることもなく適当なタイミングで死んでいくのだろうな。

 

 くるしい。

 

 

死ぬまで大人になれないんだろう

 

 暑くなってきたなあ。とっても暑い。でもわたしは夏にしか元気になれないから、夏を愛している。べつに特段かき氷が好きとか海に行きたいとかバーベキューをしたいとか、そういう夏っぽいイベントも斜に構えず楽しめるタイプの人間だけれど(というか時間をかけて自分のメンタリティを魔改造した)、それらとはまったく関係ないところで、夏は太陽から直接エネルギーを注入されているかんじがして、じっとしていられない。クーラーでガンガンに冷やした部屋で、ブランケットにくるまってうだうだすることも嫌いではないけれど、それも1~2時間で飽きる。

 

 毎年ちゃんとしっかり鬱気味になる冬のわたしとは大違いで、夏は元気いっぱいで身体もシャキシャキ動いて、そういえば双極性障害統合失調症は、人格の統合に失敗している状態ではないかという説を見たことを思い出す。まさに言い得て妙だなあ。

 

 

 今日は精神科の通院のために京都にきている。精神科のあとはフォロワーと喫茶店でおしゃべりをして、そのあとは京大西部講堂のイベントにライブを観て、このあとは元勤務先のコンカフェでなかよくなった"好き女(すきめ)"と飲みに行く予定だ。

 

 フォロワーに会うのが好きというか、なるべくたくさんの他者に向き合うようにしている。フォロワーにもいろいろな人がいるので、まあ正直あまり得意ではないタイプの人に出会うこともあるけれど、この世界中のすべての人類に対して同じ気持ちをもつことはほとんど不可能だし、得意ではなくても愛することはできると思う。類は友を呼ぶというように、気がゆるむと自分と似たような人間とばかりつるむようになるし、そうなってしまうと人間はどんどん狂っていく気がするので、なんとしてでも"まとも"でいたいわたしは、どんな生き方でも等しく価値を見出すように努めていたほうがいい。いずれ狂うことが決まっているにしても、速度はゆるめられるはずだから。

 

 

 バイトではあるものの会社で勤務するようになって、驚くほどに日々が同じことの繰り返しだ。7:30に起きて、9:15には出社して、12:30になれば毎日同じ喫茶店でランチを食べて、18:00に退勤して、0:00に就寝。これを5回繰り返していると1週間が終わる。

 あまりにもつまらなさすぎて、はじめの1ヶ月は退勤後に毎日どこかに出かけたり、誰かに会ったりしていたけれど、双極性障害が悪化していくかんじもするし、ただでさえ低収入なのにお金も減っていく一方なので、最近はどこにも寄り道せずに帰宅して、自炊をするようにしている。

 せめてもの日々の彩りとして、毎日ちがうものを作るようにしているけれど、それでもやはりルーティンの中にいて、同じ毎日を繰り返していることには変わらない。

 

 弊社はオフィスカジュアルが規定なので、黒とか白とかグレーとかの無難な色の、無難なシルエットの洋服を身にまとっているけれど、これでは歩く資本主義ではないか。もはや資本主義はすべての長所を出し切って、ボロしか出ないフェーズに突入していて、沈みゆく泥船に乗せられているような気分になるし、ほんとうにこんな格好をしたくない。肉体がオフィスカジュアルをまとうことで、精神までもが資本主義化してしまう。どんどん去勢されていく。

 社会に異議申し立てをしたくとも、働いて食って寝てで精一杯で、そこにリソースを割けるほどの余裕がない。きっとこの国に生きる人の大多数がそんな状態にあって、それゆえに人々が政治から離れていって、権力をふりかざしたい国家にとって非常に都合のいい社会になってゆき、それがまた人々の政治離れを生んでいて、ほんとうにどうしようもないなあ、この負のループは。

 

 

 それでもわたしは生きていくほかはない。まだまだ死ぬつもりはないので、できることをやっていくしかないんだよなあ。

 たとえどれだけツイッターで「お気持ち(笑)」と揶揄されようとも、何も考えずにただ反射的に他人を腐したいノンポリ冷笑家よりはよっぽどマシだし、わたしがツイッターでさまざまな問題提起をすることで、すこしでも誰かの問題意識を駆り立てることができれば、それはそれは素晴らしいことだ。まあこれらはただの思考多動ゆえの放言なので、わざわざ価値を与えるようなものでもないけれど、副次的に何らかの役割を担うようになるならば、何のためにもならないよりはよっぽどいいんじゃないかな。という気休めの自己弁護。

 

 

 ちょうどいまは西部講堂のイベントにきていて、講堂の外の階段に座って、音漏れを聴きながらこの文章を書いている。ライブハウスは好きだけど、「こう楽しむことが正解」みたいな暗黙の了解って、音楽の本質からはずれているように思う。音楽ってたぶん、たたいたりこすったりすればさまざまな音色がなることに気づいた人たちが、コミュニティで複数の他者とともに過ごす時間を彩るためにはじめたのだろうし(詳しくは知らないけれど)、べつに音楽の聴き方なんてほんらいは自由だったんだろうな。

 サビでは拳をつきあげなきゃいけないとか、コールアンドレスポンスで叫ばなきゃいけないとか、というかふつうにその場に座り込むのがご法度とか、ほんとうにばかばかしいと思う。そりゃあ演者としてはフロアが湧いてくれるほうがうれしいのだろうし、リスペクトにおけるマナーみたいなものが生まれるのもわかるけれど、鑑賞におけるマナーが強制力をもつことによって音楽の本質からどんどんずれていくというのは、あんまりしっくりこない。

 べつに踊りながら聴いたって座りながら聴いたって、それぞれがたのしければいいじゃんね。生の楽器の音をBGMにしながら文章を書くのって、すごくぜいたくな体験だし、さすがに構内で座るのは上記のようにマナー違反とされるから、演者にもほかの鑑賞者にも見えないところに座り込んでいるわけだけれど、こういうところで同調圧力に負ける自分って、弱いなあと思う。他者にとって迷惑になることを回避することと、同調圧力に屈するということは、ほとんど同義なんだろうな。これらを使い分けられるようになりたい。

 

 共同体を形成するうえで、さまざまな構成員にとっての快/不快の共通項が一般化されてマナーとなり、それが条例や法律になっていくことは、集団生活でうまく生きていく人間にとっては必然なんだろうけれど、さすがに昨今の社会はなんでもかんでも法規制をされすぎだろう。人間のために法があるのではなく、法のために人間があるというような構図ができあがっている。そうして人々は法を内面化して画一的になっていく。なんというディストピア。もう終わりだよ。

 それでもまあこの共同体で生きていくことを選択するならば、ある程度はそれにしたがわないといけないんだな。自身の自由は他者の自由を侵害しない範囲で認められるものなので……。

 自分らしく生きることと、社会に適応して生きていくことのバランスを取るって、すごく難しいな。生きれば生きるほどよくわからなくなっていく。たぶんわたしって死ぬまで大人になれないんだろうね。きっとずっと社会に対して反抗期のままなんだと思う。

 

 

 雨が降ってきた。西部講堂は駅からやや距離があるし、傘もないしで帰れなくなった。どうしようかな。困ったねえ。

 最近はこんな感じで生きている。社会に去勢されたくないなあ。

 

 

 

今日もやっぱりちょっと死にたかった

 

 ようやく安定した職に就いて、生活もメンタルヘルスもかなりバランスを取りやすい環境を手に入れたけど、それでも死にたい気持ちはなくならない。どれだけ充実した毎日を送っていても、頭の片隅にはつねに希死念慮がこびりついていて、どんな選択肢を提示されても「自殺かそれ以外か」に見える。これはきっとわたしが死を迎えるまで変わらずにつづくのだろう。

 

 人間は不可逆だから、一度おぼえてしまったものは知らなかった状態には絶対に戻れない。おそらく希死念慮との付き合い方については死ぬまで悩まされる。わたしはもうそういう宿命を背負っている。わたしの身の回りに起きたことはきっとすべて必然で(これはけっして陰謀論などではなく、ただそこにいた全員がそれぞれの正義にしたがって行動しただけ)、誰が悪いだとかそういう話ではないのだと思う。

 もちろん誰かを責めることでおのれのこころを守れるフェーズは誰しもが通る道だし、べつにそれ自体が悪いというわけではないんだけど、ほんとうに幸せを獲得したいと望んでいるなら、いつかはその他責思考とは決別しなければならない。そしてそれなりの行動をとっていくことが必要なんだろう。いつまでも誰かを責めていたって、その人はわたしを救ってくれるわけじゃないんだから。

 

 

 わたしはいつだって"ふつう"に憧れていて、たとえば小学生のころはお母さんに髪を結ってもらえる幼馴染が、中学生のころはテストで100点を取れなくても叱られないクラスメートが、高校生のころは部活に打ち込むことを家族に応援してもらっている親友が、うらやましくてたまらなかった。

 ずっと"ふつう"になりたかったのに、気づいたら変な向こう岸にひとりでぽつんと立っていた。その変な岸にたどりついた人たちでさみしさを埋め合わせようとして、だけど無条件に愛されたい気持ちが大きすぎるがあまりに、他者への愛のようにラッピングしただけの自己愛をふりまいて、たくさんの人たちを傷つけてきた。

 

 こんなことをしていたって、幸せにはなれない。べつに幸せになることは人間の義務ではないし、どんな人間が生きていたって命の価値は同等なのだけど、それでもこの人生の前半がこんなにもくるしみにあふれていたのだから、そろそろ巻き返してもらわないと困る。この人生のエンドロールには愉快な音楽が鳴りひびいていてほしい。

 

 

 死ぬとか、生きるとか、幸せとか、命の価値とか、そういうことをまったく考えないで済む人生がよかったとしばしば思う。「たらればって意味ない(笑)」と笑われることは承知だけど、ifルートに夢をみることぐらいはゆるしてほしい。ifルートは実現不可能だからこそ美しくて、その美しさに定期的に触れようとしないと、こんな社会では即座に去勢されてしまう。社会によって去勢されるということは、自分だけが定義できるオリジナルの幸せを捨てるということだ。

 わたしは幸せになることを諦めたくないし、絶対に社会ごときに去勢されてたまるかという強い意志がある。わたしをいちばん救ってあげられるのは、わたしのいちばん近いところにいるわたしだから。

 

 

 今日もやっぱりちょっと死にたかった。メンタルヘルスの調子がよいほうであっても、希死念慮がゼロになるわけではない。1から100の間でゲージ内を行ったり来たりをするだけだ。

 だけど生きていくほかはない。わたしがわたしを抱えて生きていくというだけでそれはもう大きな精神的負荷で、ひとりで抱えるには重すぎてくじけそうになることもたくさんあるけど、わたしはわたしのためにがんばるんだ。絶対に幸せになって、過去のわたしに「がんばって生きのびてくれてありがとう」って言ってあげたいから。

 そのころにはきっと、もっとうまく自分のことを自分で愛してあげられていると思う。

 

 

バカデカい愛王国を建てたい

 

 おれってこの人生で何回無職になればいいんだ。

 修士課程に進学するつもりで就活をせず、躁転で貯金を使い果たしたために諦めざるを得ず、何も決まっていないということだけが決まったまま大学を卒業し、衝動で水商売を辞めて無職になり、既卒で就活するもやばい企業にしか引っかからずまたしても無職になり、ようやく見つけた働きやすいバイト先の喫茶店が急に閉店して無職になり、まあ運は悪いほうではあるがそれにしても自業自得というか、社会に貢献する人材とはまったく逆を行くような大学生活を送っていたので、こんなふうに路頭に迷って当然で、すべて自己責任だけれど、こんなにも何回も無職にさせられるのは、さすがに生きづらくなってきた。

 いや、一応はコンカフェに在籍しているので完全に無職というわけではないのだけれど、週1~2に4時間/日だけ働くぶんの収入しかないというのは、"ほぼ無職"といって差し支えないだろう。

 

 今日は、美術系の会社がライターを募集していたので、そこのアルバイトの面接に行ってきた。1年ぶりにスーツ(ユニクロで買ったのでスーツ"もどき"ではある)を着た。これだけ日頃から資本主義をアンチしているのに、結局わたしも"歩く資本主義"になってしまったなと思う。

 面接の手応えはかなりよく、特にポートフォリオの評価がよかった。ファッション同好会の設立、ファッションアート作品の制作、ファッションZINEの自費出版、フィールドワークで撮った写真を発表するためのwebサイトの構築、フェミニズム思想を元にしたインスタレーション作品の制作、ことばを扱った歌集やエッセイ集などの自費出版、アーティストの友人のジャケット画像やグッズのデザインなど、さまざまな分野に手を出してきたことがはじめて評価された。

 わたしはたしかにマルチな制作活動をしてきたけれど、逆にいうと何らかの分野に特化していたわけではなく、アーティストにもデザイナーにもwebエンジニアにもなり損なった、中途半端にクリエイティブへの執着がある、しかし社会においてはまったく需要のない謎のクリエイターワナビーなのだ。

 しかし、面接ではWord・ExcelPhotoshopIllustratorIndesignHTML5CSSを基本的に満遍なく使えるところを評価してもらった。絶対にこの会社に採用されたいし、あの手応えで不採用になってしまったら、もうこの世の何も信じられなくなる。頼むから雇ってくれ〜!

 

 

 話は変わって、先日、「正社員がしんどいのでフリーターになってもいいですか」というマシュマロが届いた。

 どういう手段で金を稼ごうがそれぞれの自由だし、最低限に自立した生活を維持できればそれでよく、もし経済的に自立できなくとも、福祉のセーフティネットの力を借りて生きることだって、けっして後ろめたいことではない。この国に生きる人間として主張すべき権利だ。

 

 ただ、フリーターには適性がある。福利厚生は充実していないし、アルバイト雇用に社会保険を手厚く用意している職場もなかなかないし、シフト制ならば収入は不安定になるし、とにかく収入の不安定さがメンタルヘルスの不安定さに直結する。財布の余裕がこころの余裕であることは否めない。

 まずは物質的に豊かな暮らしは諦めなければならない。毎日が綱渡りである。毎月、27日(クレジットカードの引き落とし)が近づくたびに怯える生活だ。

 物質的に豊かでない環境においても、それなりに精神的に満足して生きていける人間でなければ、フリーターとして生きていくのは厳しい。メンタルヘルスの改善のために正社員を辞めて、フリーターになってメンタルヘルスを悪化させては元も子もない。結局は、どちらの地獄を選ぶかという話でしかないのだ。

 

 

 まさに現代社会は生き地獄である。先日、予約販売を開始したエッセイ集「愛すべき地獄」のタイトルは、そんな生き地獄で生きづらさを抱えるすべての人たちとともに励ましあって、この地獄を選んでよかったといつか思えるように、愛をもって生きていくつもりだという意思表明だ。

 止まらない円安とそれにともなう物価高騰、ひっくり返しようのない格差だらけの社会、既得権益にしがみつく保守的で汚い政治、資本主義的に発展した社会によって排除されていく精神的な余白、あらゆるマイノリティへの差別、とどまるところを知らない男女の分断……。この社会において生きづらい理由を数えはじめたらキリがない。

 

 ただ、この社会の歪みに気づけるひとりひとりに、革命を起こす潜在的な能力がある。革命とは何も急進的な暴力革命だけを指すわけではない。すこしずつ段階を踏んで社会をひっくり返すことができれば、それはれっきとした革命だ(革命ということばの原義には"比較的に短期間で"というニュアンスがあるが、そもそも現代社会が異常なまでの猛スピードで加速している以上、これまでの歴史をふまえて相対的に見れば、ある程度の速度をもっていれば、ほとんどが短期間の変化だといえよう)。

 革命というと、どうしても極度の左翼的なイメージがついてまわるので、穏やかに社会を変えていきたい人たちにとっては避けたい現象だろうけれど、この猛スピードで加速していく社会においては、停滞すなわち逆行であり、絶えず前進していく必要がある。

 

 ただ、つねにがんばりつづけるというのは、言うまでもなくしんどい。誰しもがときにはひと休みを挟みたいし、一旦その場に立ち止まって現状を俯瞰的に分析することも必要だ。

 個人が社会を形成して、他者と関わりながら生きていくことを人々が求めたのは、人間という動物にとってひとりで生きていくことは非効率的であると長い長い歴史において学習してきたからであり、そういう意味で、他者という存在は利用するために用意されているのだろう。

 他者が利用するために用意されている(あくまでもマクロな社会変革においての話である)かぎりは、他者の力を借りたってかまわない。自分がひと休みしている間は代わりに誰かががんばってくれるし、誰かがその場に立ち止まって現状を俯瞰的に分析している間は、代わりに自分が前進していればよい。

 つまりここ数年で広く共有されてきた自己責任論はカスである。何のために古来からの人間が、社会というバカデカいコミュニティを作り上げてきたというのだ。せっかく先人たちがコミュニティを用意してくれたのであれば、味がしなくなるまで甘い蜜をすするべきだろう。

 

 おまえらは、とにかく他人を頼ろう。一般的には利他的な人間は嫌われるというけれど、自分ひとりの殻に閉じこもった結果として社会からドロップアウトしてしまっては、まったく意味がない。この社会におけるすべての人間が同等に他人を利用すれば、"利他的"という相対的な定義でしかない人間の評価軸はなくなるはずだ。

 綺麗事や御託はいいから、他人を頼ろう。頼る宛が見つからないおまえは、まずはバカデカい愛さんを利用しよう。いつでもどれだけでもマシュマロを投げてくれていいし、FF外から突然DMを送ってくれていいし、通話での相談を持ちかけてくれてもいい(かつて公式LINEで有料の相談を受けつけていたので、それを利用してくれた人たちと平等の措置を取るために、通話に関しては有料になるけれど)。

 おまえらがバカデカい愛さんを利用することで、バカデカい愛さんもまた社会に繋ぎ止められる。所詮はインターネットという仮想空間においての繋がりでしかないけれど、現実にもインターネットにもどこにも居場所がなく、どうにも解消できそうにない孤独に狂っていくよりは、インターネットにおいて繋ぎ止められているほうが、よっぽどヘルシーだ。

 つまりは共依存である。まあこれを気持ち悪がる層も一定数いるだろうけれど、わたしはインターネットに、現実からの逃避先としてのユートピアを築きたいのだ。バカデカい愛王国を建てたい。

 

 ただ、バカデカい愛さんに一度頼ったからといって、妙な恩のようなものを感じて、しがみつづける必要もない。おまえにとってバカデカい愛さんの存在が必要でなくなったときには、おまえがおまえのユートピアをどこかに築けばいい。この世に独立国家をたくさん建てよう。そのときは容赦なく離れてくれていい。

 

 

 何が言いたいのかがよくわからなくなった。そもそも「何か文章を書きたい気分だな」という漠然とした欲望でこの記事を書き始めたので、とにかく見切り発車だった。

 しばらくは、さっき受けたアルバイトの面接の結果についての連絡を待つ日々を送る。ここに採用されたらすぐにでも働きたいので、結果待ちの短期間でしか働けないからにはどこかに応募するわけにもいかず、そうこうしているうちに収入見込みが減っていく。

 あ〜!クソッタレ!とにかくお金がない!早く働かせてくれ!おれは資本主義社会の奴隷なんだ!助けてくれ〜!

 

 

 

デカ愛さんはいつ北海道に来るんですか?

 

 北海道に行ってきた!

 京都で大学生をしていた頃の友人が、北海道の某企業に就職したので、会いにいくことにした。と言っても、彼はいま諸事情で全国を流浪しており、年明けに神戸で会っていた。そこで「デカ愛さんはいつ北海道に来るんですか?」と圧をかけられたので、その場で飛行機を予約したのだった。

 

 関空から新千歳に行くよりも、神戸から新千歳に行くほうがやや安く、また関空よりも神戸空港のほうがまだアクセスがいいので、神戸から飛行機に乗った。

 その前に、神戸三宮で喫茶店に寄った。

 センタープラザという神戸三宮駅すぐの商業施設の地下は喫茶店が複数軒あり、そのうちのひとつ「TEA ROOM 潮」という喫茶店だ。

 なぜ喫茶店に寄ったかというと、もちろん新規開拓をしたかったというのもあるが、わたしはとにかく遅刻癖がひどく、数年前に東京に飛行機で行こうとした際に、関空でのチェックインに3分間に合わず、泣く泣く新大阪まで戻って新幹線で行くというお金も時間も無駄にした最悪の回があったので、喫茶店に行く時間を設けてそのぶん早く家を出れば、余裕で飛行機に間に合うだろうという算段だった。

 おかげさまでチェックインにも間に合い、保安検査も無事に通り(ライターを2つ持ってきてしまったので片方はおさらばとなったが)、飛行機に乗った。

 

 数年ぶりの飛行機で、機内ではスマホを使えないことを忘れていた(アホ)ので、ツイッターも見れず音楽も聴けず、また通路側の席を取ってしまったため窓の外の風景を見ることもできず、しかも非常口席だったためリクライニングもできず、直角の椅子でただ寝るしかなかった。帰りの飛行機は非常口席も通路側の席も取らないぞと決めた。

 

 

 新千歳空港に着くと、雪がこんもりと積もっていた。北海道だ!と思った。

 上記の友人とは空港で待ち合わせをしていて、彼は中部から来るらしいので(流浪の民やからね)、喫煙所でたばこを吸ったり、これからツアーに行くっぽいジジババ集団を横目に見たり、卒業旅行と思しき若者集団を羨んだりしながら、彼を待った。

 30分ほどすると彼が到着し、札幌駅行きの電車はおそらく混んでいるであろうということでバスの切符を買い、列に並ぶと目の前で定員オーバーで打ち切られ、20分ほど待ってやっとすすきの行きのバスに乗った。

 バスの車窓から見える景色は真っ白で、大阪では見たことがないぐらいの高さまで雪が積もっていた。それでもこの日は全国的に暖かく、札幌市内も氷点下にならない予報で、まだ積もっていないほうだと友人が言っていた。

 道路標識で案内される地名がかなり難読で、北海道に来たことの実感が沸いた。

 北海道の道路沿いの店は、本州では見たことがないローカルチェーンが多かった。友人曰く、北海道は全国チェーンが出店しづらい土壌らしく(需要が読みづらい・失敗しても撤退しづらいなど)、独自のチェーン店が展開しているそうだ。

 

 

 1時間半ほどバスに揺られて、札幌市街地へ到着した。とにかく尿意がすごかった。少し話は逸れるが、ここのところ喉の渇きと多飲と頻尿がすごい。おそらくエビリファイを増量したからだと踏んでいるが、「エビリファイ 喉の渇き」で調べると、糖尿病性ケトアシドーシスとかそういうのばかりが出てきて、かなり怖くなっている。しかも症状がめちゃくちゃ当てはまる。次の通院で相談しようと思う。それまでに何かが起きたら、まあそれまでということで……。

 友人は厳密には札幌市内在住ではないが、すすきの周辺にもよく足を運ぶそうで、彼がよく通っているというジャズバーに行った。もちろんまずはじめにお手洗いを借りた。

 

 Bossaというジャズ喫茶・バーで、店内は薄暗いがとても広かった。立派な音響機材がたくさん並んでいた。最近、ブラックのコーヒーを飲めるようになったので、ブレンドを注文した。490円。コーヒーチケットは5枚綴りで2000円で、彼がごちそうしてくれた。

 

 彼と他愛もない会話を交わしていると、なんかすごい音がして、そちらを見ると席を立ったおばちゃんが段差に気づかず転んだようで、しかもそのおばちゃんがわたしたちの座っていた席に激突した。コーヒーでスカートやスマホがべしょべしょになったが、おばちゃんは無事だったようでひとまず安心した。

 マスターが拭いてくれて、新しいコーヒーを用意しますと言ってくれた。さあ落ち着いたと席に座ってコーヒーを飲もうとしたら、次はわたしがそのカップを倒してしまってまたべしょべしょになるという情けない事態になった。彼は「え?!え?!」と笑っていた。新しいコーヒーを持ってきてくれたマスターは、拭いたはずのところがまた汚れていたので不思議そうな顔をしていた。本当にすみません。

 

 19:30からフォロワーの女の子と会う約束をしていて、中途半端に時間が余ってしまったので、ミスタードーナツすすきのショップでドーナツを食べた。

 観光客が写真を撮ることでお馴染みのブラックニッカの看板の向かいのマクド前で待ち合わせをしていたので、そこまで彼に送ってもらって、フォロワーの女の子と合流した。

 

 

 フォロワーの女の子は、ジンギスカン食べ放題の店を予約してくれていた。数年前、当時の彼氏との年末年始旅行で北海道には一度足を運んだことがあるのだが、それがあまりにも年末年始すぎてどこの店も空いておらず、ホテル前のダイニングバーみたいなところでささやかにジンギスカンを食べたことはあった。久しぶりにジンギスカン鍋を見て、やっぱり変な形だなと思った。

 ジンギスカンの写真を撮り忘れた。インスタグラムのストーリーの変なフィルターがかかった写真しか手元にないので、ここでは割愛する。

 

 女の子は「本当に来てくれるとは思いませんでした」と言っていた。いや行くよ。「北海道に行くので、会えるフォロワーを募集します🎶」とか言っておきながら行かないのはキモすぎる。

 東京から就職で北海道に来たらしく、東京に帰りたいと何度も言っていた。さすが東京から来ただけあって、標準語がとても綺麗だった。わたしは標準語を話そうとしても、どこか関西式アクセントが抜けない変な標準語になってしまうから、かっこいいと思った。

 わたしはこの日あまり体調がよくなくて、せっかく食べ放題のお店を予約してくれていたのに、1人前を食べ切るのがやっとで大変申し訳なかったのだが、彼女はモリモリ食べてくれたので助かった。いっぱい食べる女の子って素敵。

 

 

 2時間ぐらいお酒を飲みながら話して、解散することになった。味の濃いものを食べてお酒も飲んで、とにかく煙草が吸いたかったので、喫煙所を探したのだが、札幌はすごいことにコンビニ前の灰皿という文化が根強く残っており、すぐそこにオアシスがあった。コンビニ前にめちゃくちゃスーツの人がいて、近所で大人数の飲み会でもあったのかと思ったら、全員が喫煙中だった。ありがとう!

 友人と再度合流するために電話をかけると、どうやらホテルにチェックインしてそのまま寝てしまったらしく、わたしがフォロワーの女の子と食事に行っている間に行こうと思っていたラーメン屋にも行けていなかったそうなので、彼はラーメンを食べてから、わたしはホテルにチェックインして荷物を置いてから合流することにした。

 

 

 あと、これはあまり北海道と関係はないが、バスタイプのバニラカー。大阪・京都では基本的にトラックのタイプしか見かけないので(少なくともわたしは見たことがない)、記念に撮っておいた。

 

 

 もちろん宿は喫煙可能のところを探した。禁煙部屋を売りにしている宿が多く、なかなか探すのに手こずった。和室で喫煙できるって素晴らしい。しかも大浴場があるらしい。すすきの中心部からはやや歩くが、それでも大正解の宿だった。

 荷物を置いて一服したので、友人との待ち合わせ場所に行く。

 

 彼はまた素敵なジャズバーを教えてくれた。写真を撮り忘れた。もちろん喫煙可能。彼もたくましい愛煙家なので、彼がおすすめしてくれる店はだいたい喫煙可能だ。ただ二人とも異様に眠く、わりとすぐに帰ろうという流れになったので、数十分ほどの滞在になった。

 帰り道、すすきの周辺にコンビニが多すぎることに気づいた。ローソン・ファミマ・セイコーマートのどれかが必ず視界のどこかに入る。北海道は人口あたりのコンビニ数が全国1位らしい。これはおそらくセイコーマートがご当地チェーンとしてがんばっているからだろう。

 なんだか無性に眠くて、雪道を15分歩く元気すらもなかったので、奮発してタクシーに乗った。大阪よりも初乗り運賃がやや高かった。加算運賃は北海道のほうが少し安いらしい。

 宿について、化粧を落としてすぐに寝た。朝起きたら大浴場に行く!

 

 

 大浴場は大浴場というほどの大きさではなかったが、チェックアウト時刻から逆算してかなりギリギリの時間に行ったおかげか貸切で、ひさびさに気持ちよく湯船に浸かった。しかしギリギリまで浸かりすぎたので、すっぴんのまま慌ててチェックアウトすることになった。

 商業施設にパウダールームが設けられているところがあったので、デカい鏡で優雅に化粧をして、彼とガストで合流するも、まだ眠いとのことで、とりあえず朝ごはんを食べてからまた解散した。今思えば、ガストで朝食を取らずにどこかの喫茶店に入ってモーニングを食べればよかった。

 

 

 北海道出身のフォロワーがおすすめしてくれた「高級茶房 ひので」に来た。

 昼前は混んでいるという噂を聞いていたので一か八かで入ってみると、ギリギリ入れた。次の次の客からは満席で追い返されていて、かなり危なかった。サラリーマンからジジババまでいろいろな人たちがいて、全国の喫茶店はどこもこんな感じなんだなあと安心した。

 ブレンドコーヒーは530円とやや高めだった。というか大阪が安すぎるだけだと思う。大阪の喫茶店に慣れていると、他県の喫茶店の価格帯に驚かされる。

 

 喫茶店を出て、おみやげ探しに向かう。同居人から「めんみ(道内限定販売のめんつゆ)」と「ジンギスカンキャラメル」のおつかいを頼まれていた。

 札幌中心部は大きめのスーパーが少ないことに気づいた。ご当地スーパーの「スーパーアークス」に行きたかったのだけれど、どの店舗も微妙に遠いので、「まいばすけっと」で妥協した。「まいばすけっと」も首都圏と道内にしかないっぽいのでまあ及第点。

 「めんみ」と「ホンコンやきそば」を買った。ジンギスカンキャラメルはなかった。

 

 

 彼は病院に用事があるらしく、合流できるのはまだ先ということで、先に「マーク・コーヒー・クラブ」という喫茶店に行って、彼を待つことにした。

 

 綺麗めなオフィスビル?の中に純喫茶が突然現れるという変な立地だった。ミルクコーヒーは600円。隣の席に地雷系の女の子が座っていて、札幌にもおるんやなあと思っていたが、デカいキャリーケースをすぐそこに置いていたのと、連れていた女の子たちとの会話が耳に入ってきた感じだと、どうやら首都圏から来ているようだった。札幌には地雷系っておらんのかなあ。

 1時間半ぐらい待ったが、どうやら彼の病院は待ちの人数が多すぎてまだかかるようだったので、札幌ラーメンを食べに行くことにした。

 

 

 あまり遠くまで歩きたい気分ではなかったので、地下で繋がっている商業施設のラーメン屋「みそラーメン よし乃」に行った。本店は旭川にある道内チェーン店らしい。

 いちばんシンプルなラーメンにはバターもコーンも乗っていなかったが、せっかく札幌に来たのだしということで乗せた。1150円。札幌味噌ラーメンにはデフォルトでバターとコーンが乗っているものだと思っていたのだが、べつにそういうわけでもなく、バターはまだ脂でスープを冷まさないようにするみたいな理由はあるらしいが、コーンなんかは完全に北海道でよく取れるからぐらいの理由しかないようで、観光客感丸出しの注文になった。いやまあ観光客だけど。

 ちぢれ麺とピリ辛味噌スープの相性がとてもよくておいしかった。貧乏性というか完璧主義というか、食べ物を残すのが苦手なので、スープに沈んだコーンはなるべくすべて回収したかったのだが、長い闘いの末に根気で負けた。さようなら……。

 

 

 ラーメンの後は煙草やということで、先述とは別のフォロワーが教えてくれた喫茶店に向かう。札幌駅を通り抜けようとしたところにお土産屋があったので寄ってみると、ジンギスカンキャラメルがあった。あとバイト先・実家用にマルセイレーズンバターサンドを買った。なんとなく白い恋人も買った。あまりにも北海道初心者スターターキットの買い物すぎる。

 

 

 札幌駅北口からすぐのところの「軽食・喫茶 ルフラン」。コーヒー430円。ここで病院終わりの友人を待つことにした。

 すぐ後に古着ファッション風の男女二人組が入ってきて、斜めうしろの席に座ったのだが、男のほうがめちゃくちゃフラッシュを焚きながら写真を撮りはじめて、しかもそのカメラの使い方を女に説明して「すご〜い」と言わせていて(これはマニュアルモードだから自分でピントを合わせないといけなくて〜みたいなことを言っていた)(そんな基本のキみたいなところでドヤ顔をするな)、これって全国共通の風景なんや、と思った。

 彼とようやく合流したが、わたしの飛行機は19:45に新千歳発で、神戸空港とちがって新千歳空港は大きいため、搭乗手続きや保安検査などが長蛇の列になっている可能性があったので、1時間前に着くように行ったほうがいいという助言をもらって、わりとすぐに出た。

 

 

 そんなこんなで友人とはまたしばらくの別れで、わたしは新千歳空港行きの電車に乗った。

 わたしのいちばん大好きなバンド・Galileo Galileiは北海道出身で、電車に揺られながら彼らの音楽を聴いた。途中の停車駅でメンバーのひとりの出身市を通って、こっそり嬉しかった。

 Galileo Galileiは北海道の中でも最北端の稚内市出身なので、いつか稚内にも行ってみたい。

 

 空港には無事早めについたので、機内で食べる空弁を買いに行った。空弁はコスパは悪いが、空の上でごはんを食べるという体験にお金を払うので許容できる。いくらとサーモンの寿司を買って、喫煙所で煙草を吸って、飛行機に乗った。

 行きの飛行機でスマホのデータ通信は使えないことを学習したので、聴きたい曲を事前にダウンロードしておいた。これでわたしも飛行機マスター!尿意はなんとか我慢できた。

 

 

 神戸空港に着いて三宮に行くと、わたしのマブの女が待っていてくれた。旅の終わりに待っていてくれる友達がいる人生って素晴らしすぎる。適当に路上で乾杯して(わたしは体調がすぐれなかったのでオレンジジュースにした)、終電までベラベラおしゃべりをした。

 梅田行きの特急に乗って、彼女は途中の駅で降りて、わたしはそのまま自宅へ向かった。

 

 ちょくちょく書いていたように、旅の2日間は体調があまりよくなかったので、家に帰って熱を測ると微熱があった。これじゃあはしゃぎすぎて知恵熱を出した子供じゃないか、と思いながら就寝。朝起きると38度まで熱が上がっていたので、夕方ごろに病院に行ったらインフルエンザB型だった。最悪のお土産やね。

 何はともあれとても充実した2日間だった。体調さえよければもっと楽しかったのにな!これはきっとリベンジしろという天のお告げだろう。今回は会えなかったフォロワーもいたので、また来ようと思う。

 他にも行きたい都道府県がたくさんある。またお金に余裕ができたら旅をしよう。おすすめの場所があったら教えてください。おまえの街まで会いに行っちゃいます🎶

 

 

 

とてつもなく激動の一年だった

 

 

 うおおおお!2024年が始まってしまった!まだ2023年の総括もしていないのに……

 新年早々、日本各地が大変なことになっているが、とはいえ大阪からできることと言っても募金ぐらいなので、大人しく日常を生きるしかないのだなあ。

 というわけで2024年をスタートさせる前に、2023年を振り返っておきたい。とてつもなく激動の一年だったのだけれど、不思議と幸福度は例年に比べて高かった。認知の歪みが治ってきたのかもしれない……

 

 まずは1〜3月。卒業制作に一筋でなければならなかったのだけれど、わたしはもう美術制作に対する熱意を完全に失っていたので、本当にギリギリまで何も手につかなくて困っていた。何もしたくないが、何かを作らなければ卒業できないし、でもやっぱり何もしたくないから、とりあえず毎日お酒を飲んでいた。

 かなりギリギリになって動き出して、ずっとやろうと思っていた短歌のインスタレーションをなんとか形にはしたけれど、まったく身の入った作品ではなかったし、正直これなら何も出さなかったほうが、去年の力を入れた作品(性被害を告発したインスタレーション)に胸を張ったまま卒業できたのではないかとさえ思う。自由なゼミだったので、「何も出さないこと」すらも作品として認められただろう。さすがに美大1年生みたいな発想すぎるけど。

 でも、一応は学内・美術館の進級卒業制作展を見て回ったら、やっぱり美術っていいなあと思い直した。そこで気づいたのは、わたしは美術が嫌いになったのではなくて、学業とバイトの両立に疲れ切ってしまったのだということ。もっと経済的に恵まれていれば、きっと夜職で心をすり減らす必要はなかっただろうし、もっと美術を深掘りできただろうなと思う。たらればでしかないけど。

 一旦は大学院に行くのをやめようと思って、80万円あった貯金を3ヶ月で使い切ったのだが(躁鬱病って怖すぎる)、制作ではなくて研究という形で美術に携われるように、お金を貯め直して大学院に行こうと思った。

 

 

 4~5月。就活をせずに大学を卒業したので、晴れて無職になった。在籍していたメンエスの店舗の経営が傾き始めて、いよいよ夜職も上がるタイミングが来たのか、と覚悟を決めた。しかし、仕事が見つかるまでも何らかの形で食い繋がなければならない。

 とりあえず高校時代の唯一の親友が勧めてくれたので、チャットレディを始めたのだけど、とにかくこれがもう地獄でしょうがなかった。わたしはバーチャルキャバクラ的な感覚でやりたかった(というかやっていた)のだけど、スタッフはオナニー配信をしろと詰め寄ってくる。これがマジで無理だった。わたしは対面でおじさんのちんぽをしばくことはできても、画面越しに自分のまんこをしごくことはできないのだな、といういらない気づきを得た。「次のシフト決まったらまた連絡します!」と言って、飛んだ。

 ユニクロでスーツを買って就活をした。1浪・半年休学・1.5留・既卒とかいう事故だらけの履歴書のわたしを拾ってくれる企業はなかなかない。興味もないがとりあえず適当に受けた企業の面接官のババアに「あなたはご自身の人生の遅れについてどうお考えですか?」と聞かれて、なんかもうクソムカついて働く意欲がなくなった。カス資本主義め。

 奇跡的に一社だけ内定をくれたので、一刻も早くクソ就活をやめたかったわたしは飛びついた。これがよくなかった。

 

 

 6~8月

 いざ入社してみると「普通運転免許を取らないと正社員にはしない」と言われて、すべてが終わった。じゃあ応募要項に「要免許」って書けよ。教習所代は自腹と言われて、しかしお金はないので、会社に借金する形で通うことになったが、ただでさえ手取り17万なのにさらに会社への返済で月1万ずつ削られたらたまったものじゃない。建築関係の会社にいたのだが、次の現場は3ヶ月夜勤が続くという。不定休の夜勤で、休日は昼過ぎに起きて教習所に行くなんて、自分のメンタルが健常者そのものであっても耐えられないだろう。それを友人に話したところ「そんなとこ早よ辞め」と言うので、2ヶ月で辞めた。

 ついでにそのとき同棲していた元彼(夜職関係者)と、金銭的な価値観が合わなくなってきたので、家出をした。上の友人(5年前にTinderで知り合ってからお互いなんやかんや助け合ってギリギリ生きてきた)(以下、パートナーと表記する)の家に居候することになった。

 お金がとにかくないので、大学院入試を受けるのは一旦お預けとなった。卒業して外から美術のアカデミアを見るとかなりキモいということに気づいたので、もしかしたら一旦お預けどころかもう行かないかもしれない。まあ図書館でシコシコ専門書を読んで、ツイッターなりnoteなりでお気持ち表明をして死んでいくのも悪くはないかな……。

 

 

 9~12月

 いろいろ障害者雇用なども探したが、やはり障害者雇用枠もいつ働けなくなるかわからない精神障害者はなるべく雇いたくないし、職場環境に配慮があれば働ける身体障害者を優先的に雇用する。というわけで就職先が見つからないので、もう諦めることにした。

 喫茶店で働こうと思い立って、よく行っていたなんばの喫茶店が求人を出していたので連絡すると、その日に採用されて次の出勤日が決まった。スピード退職からのそしてスピード採用。人生はスピード感が大事!

 バイトにもかなり慣れてきた頃、低収入なりに生活は安定して(時給労働って本当にありがたい)、休日は暇だしYouTuberにでもなるか〜と大学時代に使っていた機材を引っ張り出してきた。そんなこんなで人生がいい感じになってきたタイミングで、まさかの望まない妊娠をしてしまい(彼の名誉のために言っておくと相手はパートナーではない)、また人生がおしまいの方向に……。中絶手術は痛いし、怖いし、惨めだし、とにかく感情が忙しくてすごかった。もう思い出したくもないのであまり詳しくは書かないけど。

 そして年末ギリギリにiPhoneが壊れた。4万円の出費。カスがよ!

 

 

 2023年、エグかったな〜。今まで生きてきた人生でいちばん怒涛の1年だった。

 それでもめちゃくちゃ不幸だった実感はなくて、これはインターネットのみなさんが「バカデカい愛」に愛をくれていたおかげで寂しくならずに済んだのと、現実ではパートナーとの愛のある暮らしを実践できるようになったおかげだと思う。激動の1年ではあったけど、個人的に2023年を漢字一文字で表すならば「愛」だった。本当にみなさんありがとう……。

 

 

 話は大きく変わって、1/1に実家に帰った。両親はとても歓迎してくれたし、すごく嬉しそうなのがよくわかった。弟にも久々に会った。ちなみに弟も新卒入社退職RTAをやっていた。血は争えない……。

 実家は本当にやることがないので、昼間は弟と地元のショッピングセンターに行ったり、公園でだべったりして過ごした。弟も喫煙者なので気を遣わなくていいのがありがたい。かつては甘やかされて育っていた弟が恨めしくてたまらない時期もあったが、結局はわたしも弟も同じ両親の歪んだ愛のもとに育っているので、彼もまたわたしと似たような生きづらさを抱えた人間になっており、今ではもはや共闘するためのよき理解者という感じだ。

 めちゃくちゃいい肉をご馳走になって、地震津波のニュースが流れる中で、複雑な心境ながらもおいしくいただいた。父親は肉を焼きながらずっと母親に嫌味を言っているので、「正月から気悪いからやめてくれや」と言った。わたしはこんなにも母親との関係性を軌道修正しようとがんばっているのに、父親がそれをサボっているのが嫌だった。べつに個人的にやってくれる分には構わないが、目の前ではやられたくない。

 

 母親に「パートナーさんは実家帰ってはるんか?」と聞かれたので、「親御さんに虐待されて育ってはるから帰ってない」と返したら、「虐待はあかんなあ」と言われて驚いた。いや毎回こんな感じの話をしている気がするのだけど、毎回新鮮に驚くことができる。この母親は、自分が娘にしていた仕打ちが教育虐待だったことについて自覚がないのだ。怖すぎるぜ……。

 それでもわたしは母親を許そうと思う。これはもはや意地かもしれない。家庭環境が悪いメンヘラへの逆張り。2023年を表す漢字が「愛」だったように、2024年を表す漢字も「愛」であってほしい。愛は求めるものではなくて、与えるものだから……。

 

 

 こんな感じで2024年のスタートもあまり幸先はよくない。でもわたしは去年学んだ。よりよい人生にしようと強く望めば、どれだけたくさんのつらいことが起きても、不思議とポジティブに生きられる。もしかしたらこれも認知バイアスかもしれないけど、まあそれはそのつど修正していけばいい。常に自分を疑いつづけることは大変だけど、自分を疑うことをやめた瞬間に、人間は老いて死に向かうので……。

 1年前のブログを読んだらひどく鬱々としていて、同じ人間の書いたブログとは思えなかった。人間は変われるものやなあ。自力でここまで持ってきたわたしってめっちゃえらいのかも。

 2024年はさすがに去年よりはマシだと思う。あれよりもひどい年になるってよっぽどのことが起きないとない。今年こそはいい感じに生きていきたい。がんばるぞ!

 

 

 

いつまでも未熟さを捨て切れない

 

 久々にはてなブログを書く。定期的に文字数制限を意識しない文章を書かないと、脳がTwitterに最適化してしまって、思考が140字×n個の枠組みに囚われてしまう。

 

 

 最近の生活はいい感じだ。喫茶店と珈琲豆専門店でのバイトは、ADHDが丸出しながらも、心の広い人たちに恵まれて、理不尽に叱られることも詰められることもなく、日々反省しながらうまくやっていけている。

 勤務中に煙草休憩を心置きなく取れるのが何よりもうれしい。ニコチンが切れてイライラするのを防げるからとかそういうのではなくて、そういう許し合い的な連帯のできるコミュニティに属することができるのは、すごく貴重な体験だから。

 

 そして休みの日には大好きな友達(同居人)と喫茶店でモーニングを食べる。彼はバイク乗りなので、ちょっと遠い喫茶店にも連れて行ってくれる。そして、いま住んでいるエリア周辺には喫茶店がめちゃくちゃ多くて、まだまだ行きたいところが100件以上あるのに、時間と身体が足りなくてほとんど行けていないことが最近の悩みだ。

 明日(というか今日)はどこに行こうかな。どこの喫茶店に行くかを大好きな友達といっしょに悩むところから1日が始まるのは、すごく豊かな暮らしだと思う。

 

 死ぬまでずっとこの暮らしが続けばいいなと思う。経済的な貧しさ以外の困難が一切ない。

 

 

 インターネットのほうもかなり順調で、昨日は某新聞社の教育虐待についての取材を受けた。

 過去について話しながらフラッシュバックしてつらくなるだろうかと覚悟して臨んだけれど、案外ひょうひょうと話すことができた。むしろ、わたしのこの苦しかった体験が、どこかの誰かに届くことで、教育虐待に苦しむ子供が一人でも少なくなれば、それよりもうれしいことはない。

 

 取材のきっかけは、過去に殴り書きしたnoteの記事だった。

note.com

 どうやら某新聞社で中学受験についてのコラムを書いている記者たちに届いたようで、デスク周辺でわたしのnoteのさまざまな記事が共有されたらしく、「この経験が本当だったら、今頃亡くなっていてもおかしくない」という感想がのぼったとのことで、「何を大袈裟な!」と思ったけれど、それは自分の苦しみを矮小化して抑圧することに変わりないので、「わたしってよく生きてきたんだな〜」と思うことにした。

 

 「それだけ過酷な環境を生き延びられて、今ではポジティブに生きていらっしゃる強さは、本当にすごいです」と言われて、うれしさ半分、もやもや半分、といった感じだった。

 うれしいのは、もちろん自分のやってきたことを肯定されるのが大変にいい気持ちだったから。

 もやもやしたのは、わたしの人生をここまでめちゃくちゃにしてきた過去も、今わたしがポジティブに生きているからということで、美談として回収されてしまうのではないか、という不安があるから。

 わたしは認知の歪みを治すのにひどく苦労したし、今のようにポジティブな生き方ができるようになるまでにものすごい時間と気力を費やしたから、ハッピーエンドのようにお手軽に語られるのは癪にさわる。

 

 しかしそれは、「可哀想な子」として評価されたいという未熟で子供じみた欲望なのだろう。かわいそうだね、がんばってるね、えらいね。わたしがかつて教育虐待の渦中にいた頃に言われたかったことば。結局は、子供時代に欲しかったものを大人になった今でも求めている。

 わたしのインナーチャイルドはなかなかしぶとい。いつまでも未熟さを捨て切れない。若くて尖った感性についての未熟さなら芸術的に昇華すれば美しいのだろうけれど、わたしの場合は、親から得られなかった承認という愛情に飢えて、ただ人間関係を転々としているだけなので、ちっとも美しくなどないのだ。

 

 当面の目標は、「可哀想な子」だと思われたい(そして傷を慰められたい)という欲望と折り合いをつけることだ。一刻も早く解決したいところだけれど、焦っても仕方がないので、ゆっくりやっていくぜ。

 

 

 話は変わって、Youtubeを始めただけでTwitterが燃えたのはさすがにおもしろかった。バカデカい愛ってつくづくコンテンツ力が高すぎる。

 たくさんの心無いことばを浴びせられるたびに、自分の正しさを実感できて非常に気持ちがいい。そもそもまともな人間ならば、わざわざ嫌いなコンテンツを自ら受け取りに行って、さらには本人に見えるところで悪口を叩くなど、そんな時間の無駄遣いはしない。

 どうしようもないやつらのおかげで、わたしはまだまともに生きられているのだなと自信を持つことができる。本当にありがとう。

 

 明日(というか今日)は休みなので、喫茶店の撮影にでも行こうかしら。更新頻度は月2~3本ぐらいのつもりだったのだけれど、そもそも喫茶店でのんびりする以外に大した趣味がないので、趣味をしに行くついでにカメラを回せばよいだけだし、しかも動画編集をする時間はたっぷりあるということで、わりと高頻度で更新できそうだ。このまま失速しなければよいのだけれど……あと躁転じゃないといいな……。

 

 

 過去のさまざまな経験もあって、人間関係の構築が本当にヘタクソで、穴モテ以外のコミュニケーションがかなり苦手なので、インターネットがなければ今頃は孤独を拗らせて、無敵の人にでもなっていただろう。

 わたしが今わたしとして気を保っていられるのは、インターネットを介して”バカデカい愛”に関心を向けてくれて、コミュニケーションを図ってくれる人たちがいるおかげだ。おれはおまえらが思っている以上におまえらに救済(たす)けられています。ありがとうねえ。

 

 

 近況はこんな感じだ。わたしは毎日はつらつと生きている。とても幸せ。これらの幸せはきっと、今まで苦しんできた分のご褒美なのだろう。そう思うと苦しんできた過去も報われる。

 生きるって楽しいな、と思える日がようやくやって来てくれて、本当にうれしい。

 今この記事を読んでいるおまえも、いつかそう思えるようになったらいいな。その日が来るまではデカ愛ちゃんといっしょに生きていようね。おれはずっと大阪某所からおまえを応援しているよ。