15.5

 

 ファシスト・革命家の外山恒一が主催する、現役学生限定の教養強化合宿に参加してきた。
 
 毎年、春と夏の2回に行われており、10日間かけて新左翼史を叩き込んでもらえるありがたい合宿だ。しかも食事も寝床も風呂も洗濯もなんでもかんでも無料。ありがたい。
 外山氏とこの合宿の知名度が全国的に広がってきて、参加者が多すぎるために今年の夏は前後半の二度に分けて行われ、後半に参加したわたしは第15.5期生となった。
 
 界隈では"外山合宿"と呼ばれている。わたしが外山合宿を知ったのは2~3年前。Twitterのオタクなので存在は知っていたけれど、人格を魔改造されそうな気がして怖くて毎年応募できないでいた。
 5年生になって、やっと踏ん切りがついて参加した。
 
 
 というのも、わたしは春から夏にかけて(というか寒くない時期はすべて)路上飲酒に明け暮れており、バイトのない日はほとんどTwitterやTinderで路上飲酒仲間を探していた。
 ある日、フォロワーから京大正門前に呼ばれたので、ヒョイヒョイとチャリを漕いで行った。みんなでお菓子を囲むようにお酒を飲んだり飲まなかったりしていた。顔見知りのフォロワーも数名いたし、全然知らない人もいた。京大正門前ということもあって、インテリっぽい学生が多かった。
 10分ほど、顔見知りのフォロワーに挨拶をしてまわったり会話をしたりしていると、なんとそこに外山氏が現れたのだった。わたしが呼ばれたのはどうやらOB会だったようだ。はめられた、と思った。きっとフォロワーはわたしを外山合宿に送り込みたかったのだろう(知らんけど)。
 
 軽く自己紹介をした。芸大では何をしているんですか?と聞かれたので、フェミニズムとポリコレと闘っています的なことを言った。ちょうど春学期に、ジークムント・フロイト男根主義的女性論とわたしの個人的体験にもとづいたアンチフェミニズムのゼミを開いて、聴衆を不快にさせれば成功という作品(?)を提出したところだったので、それについて話した。
 その場ではなんとなく話がいい感じに進み、ひとまずは応募することにした。人格の魔改造、ドシドシやってこい、という気持ちだった。
 
 
 合宿のカリキュラムは、1日4時間の精読×2と2時間の映像上映×8日だ。学習した内容については、ぜひ合宿に参加して外山氏から直々に学んでいただきたいのでここでは割愛する。彼はファシストを名乗っているが、新左翼史についてはどの党派についてもかなり客観的に教えてくれたと思う。
 
 わたしについては人格が変わるということはなかったが、参加者のうち何人かは新しい道が切り開けていたようだった。はじめて煙草を吸ったという人、酔っ払うと笑いが止まらなくなるということを自覚した人、自我が芽生えたという人などがいた。
 
 合宿は嫌煙権の持ち込みが禁止されていたので(外山氏が愛煙家であるため)、バカみたいな量を吸った。いかに自宅が禁煙であることにストレスを溜めているかということがわかった。
 あまりにもなくなるので、3日目ぐらいにカートンで買ったのだが、それも最終日にはなくなった。食事も寝床も風呂も洗濯もなんでもかんでも無料だということにかこつけて買いまくった。京都に戻ってしまえば、食事も寝床も風呂も洗濯もなんでもかんでもお金がかかる。喫煙のペースを落とせる自信がない。
 
 一応、非喫煙者に配慮して喫煙席をもうけていたが、ヘビースモーカーがもうひとりいて、しかもふたりとも揃ってADHDの傾向が強いあまりに、部屋の一部がスラム化していた。窓を閉めていると視界がうっすら曇るほどだった。
 また、ヘビースモーカーズにつられて喫煙のペースが上がった人、合宿を機に喫煙を始めた人などもいて、なかば伝染するような形で喫煙ネットワークが出来上がった。最終日が近づくにつれて、わざわざ喫煙席をもうけた意味がなくなっていった。
 
 
 毎晩が修学旅行のようで、眠ってしまうのが惜しく、ほとんど毎日4時間睡眠で10時間の教養強化にはげんだ。ニコチンとカフェインでバキバキに覚醒しながら学ぶ学生運動と、それにともなう内ゲバ闘争は、とてもわたしを興奮させた。
 デカい主語にはなるが、今の学生がいかにヌルいかということを思い知らされた(学生運動についてはまるで抹消されたかのごとく歴史の教科書に載っていないし、文科省側がヌルい学生を量産しているとも言える。)
 
 わたしの所属する大学・京都市立おもんなボケ芸術大学は、おそらく15.5期生の所属するどこの大学よりもヌルい。学生自治会は存在しているし、それなりに機能もしているが、教務課や総務課がとにかく保守的なので、せっかく学生からの案が出てもよくわからない理由で却下されたりする。
 そして、学生全体がヌルい。ややリベラル寄りではあるが、それは大衆が左傾化しているからであり、そもそもおもボケ芸大の学生の大半は伝統的に事なかれ主義のお利口さん集団なのだから、大衆が左傾化すれば"ややリベラル"になって当然なのだ。
 "事なかれややリベラル"は"バカウヨ"よりも愚かだと思う。バカウヨはバカウヨになることを自ら選んでいるという点においては"ややリベ"に勝っているのだ。
 
 わたしは愛校心というものがまるでないので、わざわざ学生運動を起こそうとも思わない。自分の大学のシステムがどうなっても、自分が好きなことをやれるだけの環境は現時点でほぼ揃っているので(100%ではないがある程度は自力でなんとかできる)、正直なところどうでもいい。
 ただし、嫌いな点はもう山積みで、そのうちのいくつかは私情を除いてもかなり理にかなっているので、ストレス発散としてまた何かをしてみようと思う(かつての喫煙所撤去反対ひとり運動のように)。コロナ禍に入ってから1年以上放置していた学生自治会Googleクラスルームの招待について、やっと参加ボタンを押した。
 ひとまずは学科の講義について、社会学の1がジェンダー論、社会学2がフェミニズム論という公立大学としてはありえない偏向教育っぷりであることの是非を問いただそうと思う。直接教務課に行く方がワクワクするのだけれど、まあ仕方ないのでそれなりに機能している自治会を通して文句を言うつもりだ。
 
 
 インテリ学生がなかなかいないというのも弊学の悪いところだ。さながら大人のお絵描き教室。お絵描き教室にしては学費が高すぎる。観念的な会話を好む人物に遭遇したことがないのはわたしが不登校なのが悪いにしても、その、Twitterで、お気持ち表明しかできないのは、なんか、やめたほうがいいんじゃないかなあ……。講義の出席レポートに、「〜とゆう」「〜やったらいいのに」とか、その、口語(しかも関西弁!)は、書かないほうがいいんじゃないかなあ……。
 現実のわたしという人格を、教養でボコボコにしてほしいんです。どちらかというとマゾヒストなので。
 
 外山合宿にはインテリ学生が集まっていて、大変によかった。わたしは完全に敗北していた。知識の量という点では人によって差があったが、みんなが積極的に自身の考えを言語化していて、なかなか終わらない議論が起きたりして、わたしの望むものはここにあった。絵が描ければ日本語なんて多少苦手でもいいなんて言い訳をするアホ共に見せつけてやりたい。
 京都市立おもんなボケ芸術大学は、第二外国語をフランス語かドイツ語かを選ばせる前に、日本語を教育しなおしたほうがいい。
 
 インテリ学生たちに刺激されて、また新左翼史にもやはり美術家は登場していて(社会と美術は切り離せない)、美術史や美学についての知識をもっとつけたいと思った。そしてもっと人と語り合いたい。
 そのほうがきっと人生が豊かになる。もっと本を読んで、もっとたくさん展覧会に足を運んで、どうしても美しいとは言ってあげられない自分の人生を、できるだけ美しいものを見ている時間で埋めよう。とにかく積読を消化したい。
 
 8日間で3冊も難解な本を読めたので、秋学期の始まる10月までにあと10冊は読める計算だ。読書会なんかを開いてもいいかもしれない。ただ、美術の観念について興味のある人があまり周囲にいなさそうなので、人が集まるかどうかはわからない。孤独だ。こんなことならまともに大学に通っておけばよかったのか。オタクだらけのジメジメ自分探しお絵描き集団の中でも、果敢に闘っていれば、今頃……。
 
 
 最終日、駅で解散するときに、外山氏に「おもんなボケ芸大でもがんばってください」と言っていただけた。これでおもんなボケ芸大も外山氏公認のFラン大学だ。すべての人民に、知らないとは言わせない。布教活動はまだまだ続く。
 そもそも、大学の知名度が低いくせに入試の難易度は高い(実際はそうでもないのだが、なぜだか世間ではそう言われている)というアンビバレントな現状が、学生のナルシシズム=ナショナリズムを煽っている。
 
 京都市立芸術大学よりも、京都市立おもんなボケ芸術大学を広めたい。だって地味だから。いくらおもボケ芸大の公式略称が京都芸大だとはいえ、裁判の事実上敗北によって京都芸術大学というFラン私立大学が爆誕してしまったので、差別化をはかるためにはもう京都市立おもんなボケ芸術大学を広めるしかない。読者のみなさん、覚えてくださいね。
 
 
 充実した10日間でした。10日間も連続で労働をしないというのはもう何年ぶりだかわからない。わたしはきちんとプロレタリアートには戻れるだろうか。万国の労働者よ、団結せよ!
 
 10日間もともに過ごしてくれた同期の13人のみなさん、仲間に入れてくださってありがとうございました。フィールドは全く違うのに、1時間半もアートについて熱烈に議論してくれて楽しかったです。結論はアート論というか言語論だったような気がするけれど、みんながアートの定義について1秒でも考えてくれたのがうれしかったです。
 食事係のお2人も、1日2回、ものすごい量の食事をものすごいおいしさで作ってくださってありがとうございました。
 何よりも、こんなに素敵な合宿を企画してくださった外山先生、ありがとうございました。また京都に来られた際はよろしくお願いします。こちらもまたいつかOBとしてクソデカい顔をして遊びに行きます。
 
 
 外山合宿は次回はなんとこの秋にもやるそうなので、フォロワーはぜひ。9/30-10/9だそうだ。
 どういう日程設定なのかよくわからないけれど、まあFラン大学よりは行く価値がある(外山氏は日本のすべての大学についてFラン大学と呼んでいるので気を悪くしないでほしい)。