いっそどちらかに振り切れたらいいのに

 

 ここ1週間ほど、躁鬱の調子が悪い。

 何もないのに急に泣いたり、怒りっぽくなったりしている。

 6月に週5~6で終電帰りをするほどに動きまわっていたことのツケがついにやってきたのかもしれない。週5~6で終電帰りといっても、遊びにいっていただけではなくて、そのうちの週2~3ははたらくためにそうなっていた。

 

 手取りが12万円台というワーキングプア(13万円台だと思っていたがそのうちの1万円は交通費だったので実質12万円台だった)で、昼も夜もはたらかないと生活がままならないのに、昼も夜もはたらいていると調子が悪くなる。

 どうして自分の暮らしすらもままならないのに、どこの誰かもわからない赤の他人のために、高額な年金を納めなければならないのだろうか。

 

 障害年金の申請は落ちた。「はたらいている」ではなく「はたらけているだけ」ということは、公的機関には伝わらないのだろう。

 障害年金を受けている人は、それ相応のくるしみがあるから受けているのだとわかっていても、「かわいそうだから救済措置を与えよう」と国に認定される人たちを許せない気持ちがどうしてもある。ほんとうにごめんなさい。

 

 ツイッターの苦手なタイプのアカウントが、障害年金の申請を受理されたことをよろこんでいるところを観測して、どうしてもゆるせなかった。他人のくるしみを断罪する権利は誰にもないし、本人には耐えがたいくるしみがあるとはわかっていても、何らかのコンテンツや他人を救いだと思えるような人生で、国家にまで救ってもらえるだなんて、なんて恵まれた人生なのだろうと思ってしまった。

 

 社会のせいで生活がどうにも立ち行かなくなっているのに、たまたま「はたらけているだけ」で救済措置すらも与えられず、このまま見殺しにされていくのだろうか。

 そもそも精神疾患だって貧困だって、自ら望んでこうなったわけではない。家庭環境に起因するとしか思えない精神疾患で、進路がめちゃくちゃになり履歴書もブランクだらけで、ろくな職業にも就けず、こんなことになっている。

 被害者意識をぶくぶく肥やしていても、人生は好転しないのでどうにもならないとはわかっていても、どうしたって自分にだけ責任があるとは思えない、

 

 

 それなりに聴いているバンドのリーダーが、大麻所持罪で逮捕された。特に驚くことはなかった。

 彼は鬱病を公言しており(素人判断はよくないけど行動パターンを見るかぎりおそらくわたしと同じ双極性障害だと思う)、精神疾患と違法薬物の関係は密接なので、まあそりゃあそうだろうと思った。

 彼はこれから罪をおかしたことを償っていく。そして、その先では薬物依存治療のカウンセリングがほどこされるのだろう。

 結局、彼にも福祉的な救済措置がもたらされるのだ。

 

 国家による「かわいそうな人」という認定も受けられず、かといって犯罪者としての救済も与えられず、どちらにもならずに生きて救いの手が差し伸べられない人生が、ほんとうに悲しい。

 いっそどちらかに振り切れたらいいのにと思う。どちらかに振り切ってしまえば楽になれるのだろうな。

 

 自殺するつもりはまったくないので、どうせこれからもくるしみながらギリギリ生きていくのだろうけど、そうして耐えた先に何があるのだろうか。

 おのれの身にふりかかるすべてが理不尽だ。そして、いつまでもこんなことを言っている自分もダサくて、自分の在り方にしんどくなっている。

 

 どうにも生きていけそうにない。今月は支出が収入を上回っていて、貯金もほとんどないので、どう考えても行き詰まっている。

 きっとわたしはこのまま助けられることもなく適当なタイミングで死んでいくのだろうな。

 

 くるしい。